「死にたい」
と言ったら
「なんでそんなこと言うの」
と言われた。
「勝手に死になさいよ」
と言われた。

   屋上に来てみた。
   グラウンドが一望できた。
   高いフェンスに手をかけただけで足がすくんだ。
   落下する間いったい何を思うだろう。
   その苦しさを思って僕は屋上を後にした。

      カッターナイフを手首に当てた。
      100円均一のこの店には刃は腐るほどあった。
      床を赤く染めることを考えると興奮したが
      他の商品に血がつくと悪いと思い、僕はカッターナイフを戻した。

   部屋の電灯に縄をくくった。
   目より少し高い位置に輪が揺れている。
   縄を引くと電灯は激しく揺れた。
   きっと僕の体重を支えきれない。

      夜のテレビで電気椅子を知った。
      次の番組で身体に電気を流す治療法を知った。
      電気はだめだ。

   アルコールランプにかざしたスチールウールはパチパチと燃えた。
   アルコールランプにかざした銅は緑色に燃えた。
   アルコールランプにかざした僕はどうなるだろう。
   捨てられたスチールウールと消えた銅を見て寂しくなった。

      お風呂に潜った。
      世界が変わる。
      聞こえなかった音が聞こえてくる。
      暗闇が僕を包み込むより前に、身体が浮かんでしまった。

   模型屋さんに行った。
   死ねるくらいのシンナーをくださいと言ったら売ってもらえなかった。
   お金はあったのに。

「まだ死んでないの」
と言われた。
悔しかった。

      道路の真ん中を歩いた。
      赤信号の横断歩道を越えた。
      クラクションを鳴らす車が左方を通り抜けていく。
      目の前で止まった車に「死にたいのか」と怒鳴られた。
      首肯する間もなく車は去っていった。

   そこには大きなつららがあった。
   幾本も幾本も雫を垂らしていた。
   砕けた氷片を踏みつけて一際大きなつららの下に立つ。
   雫が首筋を這う感覚に慣れるより先に世界が回り始めた。
   その夜、熱が出た。

      血管に空気が入ると死ぬらしい。
      注射器は売っていなかった。
      かわりに注射器型のシャープペンシルを買った。
      皮膚さえ貫けなかった。

   洗濯機の前。
   洗剤をスプーンに量りとる。
   水に溶かしたそれは「ありがとう」とお母さんに奪われた。

      救急箱の中から睡眠薬を取り出した。
      大量の錠剤を手にする。
      一気には飲めないので一粒ずつ飲み込む。
      5粒目にはもう水でお腹がいっぱいになった。
      おやすみなさい。

死ぬことが出来ない自分を抱えて歩いた。
自分では死ねない。
だから。
殺してもらおう。

            包丁を手に、扉を叩いた。
            中にいたお姉ちゃんにそれを差し出す。
「なに」
                        「殺して」
「自殺するんでしょ」
                        「自分じゃ死ねなかった」
「じゃあやめれば」
                        「やだ」
         ここで退きたくない。
         ここで退くのは負けだ。

「何で死にたいの」
                        「死にたいって思ったから」
「なんで自殺できなかったの」
                        「わかんない。うまくいかなかった」
「危ないからそれしまってきなさい」
                        「すぐすむからさ。心臓刺してよ」
「痛いよ」
                        「だからすぐ死ぬように、心臓」
         包丁を差し出す。
         手渡す。
         お姉ちゃんはそれを持ち直して。
         ほっぺを思い切り叩いた。

            痛い。

   「痛いよ!」
   「痛いでしょう」
   「だから心臓!」
   叩かれた。
   痛くて悲しくて悔しくてぜんぶがぐちゃぐちゃで涙が出てきた。




            花がいっぱい。
           溢れていた。
            冷たかった。
           重かった。
            空気が違った。
           綺麗な顔だった。
            唇が紫色でちょっとだけ赤かった。

            みんな ないていた。

           悲しいというより呆然。
            無意識に強い自分。
           涙なんか流さなかった。
            ただ自然に溢れてきた。
           感情の高ぶりなんてなかったのに。
            涙がボロボロと流星のように溢れた。
人が死んだ。
                        お姉ちゃんが死んだ。
      あっけなくあっという間に      死んだ。
   勝手に死んだ。

            お姉ちゃんは死にたかったのかな?

   たぶん違う。
                     違うと思う。
             ああなんでこんなに嫌な気分なんだろう。
   やっぱりあの時死んでおけばよかった。
                  そしたらこんな苦しみ知らなかったのに。
           ああ、死んでしまいたい。


だけど死ねなかった。
心の重い鎖のせいで死ねなかった。
死のうとするとき。
いつもお姉ちゃんが浮かんだ。
だいっきらいだ。
お姉ちゃんなんか大嫌いだ。

・ ・ ・ お姉ちゃんが嫌いだから。

お姉ちゃんなんか嫌いだから。
お姉ちゃんに従うなんていやだ。
お姉ちゃんの言う通りなんていやだ。
だから。だから。
―――死ぬのをやめよう。