今日は朝からうるさかった。
「おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん」
今日も朝からうるさかった。
「朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝朝」
寒い寒い冬の朝。
夜から降り始めていたから道路は一面、白い絵の具をぶちまけられた状態だろう。
厚めの材を使っているからといって、完全に外部の冷気を遮断できるわけではない。
外に満ちているであろう冷たい空気が、部屋の中の熱をどんどん奪っていく。
熱は高いところから低いところに移動するのだ。
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」
布団を体に巻きつけようと試みる。
毛布を体に巻きつけようと試みる。
だけど、布団も毛布もない。
布団の中にもぐりこもうと試みる。
毛布の中にもぐりこもうと試みる。
だけど布団も毛布もない。
あるのは36度5分のたんぱく質やらなにやらの塊。
・・・というか足が寒い。
「おはようおはようおはようおはようおはようおはようおは、ぐぇぁ」
ガタンと音がしてベッドから落ちた。落としてやった。
しかし布団も毛布もないから寒いのには変わりない。
しかたない、起きよう。
覚悟を決めて体を起こした。
無意識に首がカメになる。・・・寒い。
ベッドから落ちたものがむくりと起き上がる。
「おはよう!」
元気なやつだ。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
このままおはようと言い返せば、再びおはようと帰ってくるのか非常に興味深いところではあった
が、寒いので放置。
「ねえねえ、おはようのチューは?」
「鏡にやってろ」
寒い。とりあえずここを出たい。
靴を履いて、荷物を担ぎ上げた。寒い。
「むー、せっかく起こしてあげたのに」
「むーとかいうなうるせぇ」
外に出る。
やはり予想通り、一面真っ白。
神様が牛乳をこぼしたに違いない。
・・・生臭いなそれ。
首をすぼめたまま小走りで玄関へ向かう。
ノブを回して中へと入る。
暖房がきいていて温かい。
しっかりと施錠。
物騒な世の中、家の中にいるときでも鍵は必須だ。
靴を脱いで奥の部屋へと向かう。
向かう途中で玄関の扉がガシャンとすごい音を立てた。
あ、チェーンしたけど鍵かけるの忘れてた。

チェーンをはずしてやり、理奈を中に入れてからダイニングへと向かった。
理奈は既に朝食を食べ終えていたらしく部屋へドタドタと消えていく。
「ふっふふ〜ん、ふっふふ〜ん♪あ、おはようはみきゅん」
「おはよう」
「む〜、みるきゅん冷たいー」
「うるせぇ」
「朝ごはんあげないぞー」
食パンを取り出し、そのままかぶりつく。
ミルクで流し込みながらテレビから流れるニュースを眺める。
また少女が襲われたらしい。
「けみきゅん、門限は守ろうね」
「寒かった」
「お母さん、みきゅきゅんが凍えてないか心配で夜這いかけにいこうかと思ったんだからね、プンプン」
おふくろがホットミルクを手に横へと座った。
「じゃあ中に入れてくれよ・・・」
「え〜、それじゃあけじめがつかないじゃんきゃは☆」
「きゃは☆とかいうな」
ズズズとホットミルクを吸う。
自分用だったようだ。
「間接キス。いる?」
「いらない」
絶対に嫌がらせだと思う。

おきてシリーズ(「おきて」って「掟」と「お、来て」をかけてるんだよ、後付だけど)
我が家のおきて7番。
門限は守りましょう。
門限を守れない人はどうなるか?
家の中に入れません。
庭にあるベッドだけ置いた倉庫で一晩過ごしましょう。
夏と冬はきついね!
春と秋は過ごしやすいので別に門限破ってもいいかと思うかもしれないね。
う〜ん、じゃあ、春と秋は倉庫も使用禁止!
反省してないみたいだったらオプションいっぱいつけるよ?
+++追記+++
そろそろ元章も大きくなってきたわね。
夜外に止まるのはお母さん反対しないけど、必ず連絡入れようね。
勝手に外泊なんてしたらお尻ペンペンね、家の門のところで。

うちには上記の文章が書かれた紙がある。
99条まである。
99にしたかったんだそうだ。
最後に行くにつれ
「86条。あ。」
などとわけのわからない文章になっていく。いや、単語か。
どこにでもあるその家のルール。
もちろん書いたのはおふくろ。
昨日は・・・目の前でニッコリと玄関の扉を閉められた。
もちろん正規の理由(というかおふくろの納得する理由)さえあれば許される。
昨日の理由は。
↓↓↓↓↓
「あのさ、信号に、うん、信号に全部引っかかっちゃって」
「お母さん眠い。おやすみ」
バタン。
↑↑↑↑↑
ほんとにおふくろ次第だった。

「間接キス。・・・あったかぁい」
無視。
食パンを食べ終えたので立ち上がる。
「きみきゅん、今日は門限守ろうね」
「おふくろ、今日は入れてくれ」
ちなみに昨日は門限の5分前に家に到着していたのだった。

服を着替えてカバンの中身を入れ替える。
着替えのときはベッドの中に潜んでいた理奈をつまみだした。
今日の講義は少ない。
なんと一個だ。
わざわざ一つの講義のためだけに大学に向かうのも癪だが、まあ行けば幸せなこともある。
時間は・・・余裕。
ゆったりと玄関を出た。
「いってきます」
「いかないできゅん」
おふくろの声は無視した。
ああ、そういえば今日は「きゅん」にはまってたな。
何で息子の名前を呼ぶときだけ毎回違った呼び方をするのやら。

「お兄様」
後ろから理奈が近づいてきた。
あっという間に追いつかれる。なにせあっちは自転車こっちは徒歩。
「待ってくれてもいいのに」
「別にいいだろ」
「別にいじゃん」
並んで登校。
理奈の高校は駅の向こうなので、駅までは一緒の道なのだ。
「お兄様、今日はどういった御予定なの」
「お前、敬語むちゃくちゃな」
「大丈夫ですわ、気分の問題ですから」
「外と中でキャラ変えるとかしんどくないか」
「超面白い」
ふふん、と余裕ぶった笑顔。
「それってあれか。なんかの漫画の影響か」
「うん。リズリズ」
「あれまだやってんのか」
「当たり前じゃん。あんな面白い漫画が終わるはずありませんわ」
「打ち切りなんて言ってない」

あっという間に駅。
それではと笑顔で手を振る我が妹を背に駅の中へと向かった。


大学帰りの電車。
隣には紫夕。
ガタガタと揺られる。
窓から刺す夕陽が、向かいの席に座ったおっさんの頭で反射して眩しい。
ガタガタ。
左側には紫夕。
左の腕に感じる重みは、紫夕。
クークーと寝息が聞こえる。
俺の、彼女。
これから公園に向かうことになっている。
どこかに行こうと言いながら結局決まってないからたぶんそうなる。
スースー。
ガタガタ。
電車が揺れる。
「次は〜〜〜」
線路の繋ぎ目を走った音と被り駅名は聞こえなかった。
でも、もう覚えている。
「紫夕、起きな」
肩を軽く揺らす。
紫夕はピクリと動くと目をゆっくりと開いた。
「あ、ごめん、寝ちゃってた」
「いい、いい。それよりも、次だぜ」
「うん」
電車は徐々に速度を落としていた。

「美味しそうだね」
「予想よりもすごいな」
予想は外れていた。
一つ、今俺達のいる場所。
一つ、目の前にあるパフェの大きさ。
どこにいこうかーといいながら歩いている途中でこの喫茶店に入った。
ディスプレイのパフェが美味しそうだったから。
実物がディスプレイよりも良い店って貴重だなぁ。
「いただきます」
「どう」
「冷たい」
「ほんとだ」
しかし暖房が効きすぎているこの店内では心地よい。
入ったときは天国だと思ったが、居続けるとありがたみが薄れてしまう。
「パフェってさ、絶対コーンフレークの部分を多くして安くあげようとしてるよね」
「たしかに」
上に乗っていた果物は一瞬で消えた。
「クリスマス近いねぇ」
「そうだな。今週だっけ」
「おい。忘れるなよ」
「大丈夫大丈夫」
俺達の初めての記念日になるだろう日。
紫夕と付き合いだしたのはあの日。
11月25日。
クリスマスの丁度一ヶ月前だ。
なんだか会話がなくなってしまい、パフェへと無言でスプーンを運ぶ。
暗黙の了承。
クリスマスイブは二人で過ごすつもりだから。
「コーンフレーク多い」
「口の中に刺さる」

今日は家の中に入れてもらえた。
門限は2分過ぎていた。
おふくろは酔っていた。


クリスマスイブの朝。
「メリクリ!」
ダイニングにはサンタクロースがいた。
さすがにちょっと驚いた。というか退いた。
「メリクリ!」
「おはよう」
「ミェリクリ!」
牛乳を温め、トーストを焼く。
テレビはどこかのイルミネーションを放映していた。
「メリクリィ」
隣に座ったおふくろの頭が、サンタの帽子からトナカイの角に変わっていた。
「・・・メリクリ」
「やった」「ああーーー!!!」
朝から騒がしい。
「おにいちゃん、なんで言っちゃうの」
「私のほうがみるくんとの付き合いは長いのよ小娘」
「くぅぅぅ、ほら!」
「わーい」
人を使って賭けをしてやがったこの親娘。
「おにいちゃんのバカ」
「はみくん愛してる。チューしてあげる」
「ちょっとお母さん!」
さっきからトナカイの角が目の前をちょろちょろしてうざったかった。

「おふくろ、今日俺友達の家に泊まるから」
「よし、がんばってこい、だけどがんばるなー!薬局行ったことある?」
ばれてた。しかも激励された。

「おはよう」
「おはよう」
「なんかすごいおしゃれしてるね」
「そっちこそ」
「行くか」
「感想なし?」
「・・・似合ってる」

「美味しかった」
「まさかこんなに美味いとは」
「またこようね」
「またくるか」

「じゃじゃじゃーん、なんと私、今日は友達の家でパーティーをやっているのです」
「俺は友達の家に泊まってる。ばれてたけど」
「元くんのお母さんって面白そうな人だね」
「面白いけど疲れる」
「いいなぁ。うちお母さんいないから。あ、もしかしたらうちのお父さんとくっついちゃったり」
「ほんとにありそうだから言うな」

「・・・初めて来た」
「俺も」
「そうなの?」
「なんだよ、それ」
「別に〜。へぇ」
「後1時間だな」
「うん、そうだね」
「なんか頼むか」
「ワインとかかっこいいと思う」
「飲めたっけ」
「飲めない」

「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「一ヶ月記念」
「だね♪」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「お母さん」
まだ門限ではないのに、玄関のドアには鍵とチェーンがかけられていた。
「お兄ちゃんは」
「今日は外泊らしいわ」
「・・・ともだ」
「彼女と一緒」
「・・・・・・」
「もう諦めなさい」
「・・・・・・」
濡れた髪の毛が少しずつ冷えていく。
今日はダイニングしか暖房を入れていない。
廊下は、寒い。
「お母さんも諦めてるんだから♪」
「っ・・・・・・っ・・・っ」
「うん、ごめんごめん、今のはお母さんが悪かった。冗談言っちゃだめだったね」
声が出なかった。嗚咽しかでない。このあいだ喫茶店で見かけた女の人だと思う。
とても綺麗だった。私なんかと比べられないくらい綺麗だった。
そっと、お母さんが抱きしめてくれた。
髪がまだ濡れてるからお母さんの腕も濡れちゃうと思う。
冷たいと思う。
私も寒い。
いっぱいいっぱい寒い。
涙があふれてきた。
「ごめんね」
お母さんが謝ってくる。
お母さんはなにも悪くないのに。
悪くないのに。
「もっくんが鈍いのがいけないんだ」
しっかり自分の中で責任転嫁していた。
「ほら、寒いから中入ろう。お母さん寒い」
お母さんの場合、ほんとに自分が寒いだけだと思う。
「ホットミルク作って」
「自分でやれ」

お母さんと二人っきりのクリスマスイブパーティーは終わった。
片付けもせずに、歯みがきだけして部屋に戻る。
戻る途中。
おにいちゃんの部屋に寄り道。
プライバシーなんて知るか。
机の前に。
写真。
私とおにいちゃんの写ってる写真。
その横に。
喫茶店の女の人との写真。
ほんとは他にもいっぱい写ってるけど。
他の人は風景だ。
おにいちゃんと女の人の二人の笑顔の写真。
「・・・バカ」
私との写真なんてはがしちゃえばいいのに。
おにいちゃんは鈍くて優しい。
だから好きだけど。だから好きなんだけど。
おにいちゃんが好き。
だけど私の思う好きとおにいちゃんの思ってる好きは別のもの。

バタン。

部屋から逃げ出した。
明日からどうしよう。


「ただいま」
「お赤飯用意したわよ」
いろいろと早すぎだ。
「お正月にもあれにも早いけどね!」
自分でツッコミを入れていた。
というか恥ずい。
「ここ寒いからお母さん台所行くね、バイバイ」
なぜか放置されそうになった。

「おはようメリクリおにいちゃん」
「・・・メリクリ」
理奈が白かった。
雪だるまのきぐるみなんて存在したんだ。
「それ」
「お母さんが買ってきた」
「ああ、いいでしょいいでしょ。理奈タソに似合うと思って。お母さんえらい、ブイ」
タソとか言うな。
「なんで着てるんだ」
「温かい」
「ちゅーかテレビの前に座られたら邪魔だ。画面が見えない」
「もともと朝ご飯食べる?」
「いや、食べてきたからいいよ」
雪だるまがもそもそと視界から消えていった。・・・怖いなぁ。
「昨日のケーキの残りだけど」
「いやいい」
「早く食べないといけないんだけど」
「食べていいよ」
「もう食べたけど」
「・・・・・・」

「おにいちゃん」
「ん」
テレビでは芸人がニュースの司会をしている。
「部屋の中荒らしておいたから」
「は?」
「ふっふっふ。君にプライバシーはないのだ、あいたっ」
頭をしばいて部屋に向かった。
理奈の部屋も荒らしてやるか。
・・・変態行為だ。
絶対こういうのって男女不平等だと思うのだが。
「ん?」
部屋の中は何も変わっていなかった。
騙された?
一瞥した限りではなにも変わっていない。
なにも。
とりあえず机に向かう。
机の上に手紙が置いてあった。
『おにいちゃんへ。見たら殺す。見なくても殺す。』
封を開く。
中には便箋が一枚。
何も書かれていない便箋が一枚だけ。
・・・意味がわからない。
あぶり出しかとも思ったが違うようだ。
紙が多少ふやけている部分があるが、別に文字のようではない。
普通のどこにでもある便箋が一枚。
たしか修学旅行の土産におふくろに買ってきたもの。
おふくろがダダをこねて理奈への土産と交換していたものだ。
わからない。
「理奈ーーー」
「なに、おにいちゃま〜〜〜」
おふくろの声で返ってきた。
「理奈は?」
「今煮込んでる」
「出かけた?」
「家出したー。あきあきのせいだぞ☆」
帰ってから聞いてみるか。
ふぅ、とベッドに腰を下ろす。
今日もまた昼からデートの予定だ。
写真もいっぱい撮った。
アルバムとか作るかな。
この調子だと机の前のボードがすぐ埋め尽くされそうだ。
「何がしたいんだかあいつ」
多少気は引けたが、隣の部屋を見てみることにした。
理奈が大きくなってからは見せてもらったことがないから、中がどうなってるのかわからない。
鍵はかかっていなかった。
というか鍵なんてなかった。
部屋に入る。
空気が異質。
紫夕の部屋もこんな匂いがするのかとちょっと脱線。

部屋は結構綺麗だった。
棚に並んだ「リズム×リズム」は全80巻を超えていた。
・・・なにげにすごいな。
ふむふむと感心する。
リズリズ30巻くらいまでは読んだがもう忘れた。
ところで。
・・・俺ここになにしに来たんだ。
来たからといってなにかがわかるわけでは当然なかろうに。
結局わかったのはリズリズがほんとに長く続いていることと、ぬいぐるみが多いこと。
理奈の机の前にもボードが置いてあることくらいだった。
もっとも何も張られていないからメモを貼り付けるためのようだが。
「変態っ!覗かないでよっ!」
後ろからトナカイが現れた。
「・・・・・・」
もうドン退きだった。
「トナ?」
「・・・・・・」
「トナトナ」
「いろいろつっこんだほうがいいのかな?」
「トナトナトナ」
嬉々としていた。
絶対ツッコミたくなかった。
無視することにして、部屋を出る。
自分の部屋の前でトナカイにつかまった。
部屋の中を示される。
「トナトナ」
「日本語でしゃべってくれ」
「トナトナ」
「いや確かに日本語だけど」
「気付いた?」
「何に?」
「何かに」
「手紙があった」
「あれはお母さんの作った手紙じゃないよ?」
「それだけだろ」
「違う違う。もっとなんかあったでしょ。気付けよバカー」
「トナカイに言われると無性に腹立つな」
「トナ?」
上目遣いを無視して部屋に入る。
・・・何も変わっていない。
本棚。ベッド。机。タンス。
・・・机。
机。
机の上。
コルクボード。
足りない。
足りなかった。
写真が足りない。
一枚は紫夕との写真。
そして、もう一枚がなくなっていた。
理奈とのツーショットの写真
理奈との写真がなくなって、そこだけポッカリと空いていた。
・・・いや、違った。
よく見ると黒いマジックでなにかが書かれていた。
近づいてみる。
そこには。
「―――――――――」
外から焼き芋屋の声が聞こえた。