「渚。」
「なんでしょう。」
 こちらを振り向いた渚。制服や髪の毛がその勢いに後ろへと流れる。ヒョコヒョコ。
「もうそろそろ話してくれてもいいんじゃないか。」
「何をですか。」
 首をかしげる渚。ヒョコヒョコ。
「朋也君に隠してることなんてありませんよ。」
 純粋無垢な瞳が朋也の瞳を捉える。ヒョコヒョコ。
「俺はもう何も驚かないよ。」
 春原のあの顔を見てからと心で付け加える。さすがに病院に行っただろうか。
「朋也君がおかしいです。どうしたんですか。何か変なものでも食べましたか。」
「・・・いいや大丈夫だ。」
 大丈夫だ。食べたのは早苗さんの焼いたパンだけだ。おっさんも食ってたし命に別状はないだろう。
「渚。」
「はい。」
 大きく息を吸った。そして深く吐き出す。
「それは、いったいなんなんだ。」
 一言一言。しっかりと渚に伝わるように言葉を発する。
「それってなんですか。」
「それっていたらそれしかないだろ。」
「えっと・・・ごめんなさい。私朋也君の言いたいことが分からないです。」
「だからそれだよ、それ。その頭のやつだ。」
 渚は自分の頭に手をやった。ヒョコヒョコ。
「この髪留めですか?」
「違う。」
「じゃあなんなんですか。」
 渚の顔が困ったような怒ったようなすねたような顔になる。
「風子参上。はっ、岡崎さんと渚さんが一緒に下校してます。これが青春ってやつでしょうか。・・・。風子暇なので去ります。」
 そんな渚に朋也はついにその言葉を口にした。
「渚の、その、触覚だ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「それだよそれ。その頭についてるやつだ。」
「・・・これ、でしょうか。」
 ヒョコヒョコ。
 渚が触角を触ると触角はかわいらしく左右に揺れた。
「ああ。」
「ええと、これがどうかしましたか。」
「それはなんなんだ。」
「何なんだといわれましても。あ、触覚なんかじゃないです。」
「じゃあアンテナでもいい。渚。お前はいつもそのアンテナをセットしてきているのか。」
「いいえそういうわけじゃありませんが。」
「じゃあなんでそうそう毎日同じようにアンテナが立ってるんだ。」
「ええと、クセッ毛だからでしょうか。」
「そんな説明じゃ満足できないんだ、渚。俺は今からその謎を確かめようと思うんだ。頼む、教えてくれ。」
「そんなこと言われましても。私は何も知らないです。」
 渚の肩が下がる。渚がこんな顔をするということは本当に知らないのだろうか。ならば。
「じゃあ渚。今からその謎を解くためにあるところに行く。ついてきてくれるか。」
「はい、分かりました。朋也君に言われてだんだん私も気になってきました。」
「よしじゃあ決まりだ。行くぞ。」
「はい。」
 朋也はくるりと反対を向くと今来た道を戻り始めた。
「朋也君。どこに行くのか教えてくれませんか。」
「学校だ。」
 歩みを止めずにそう返す。
「学校ですか。」 
「そうだ。そこにいるある奴に聞けば謎は解けるかもしれないんだ。」
 朋也と渚は学校への道のりを急いだ。

「こんにちは。」
 旧校舎の隅。そこにはいつものように少女がいた。
「よかった。まだいたか。」
 壁に手を着いて息を整える。
「どうしたんですか朋也さん。すごく急いできたように見えますが。」
「ああ、まあな。」
 そうこうしているうちに渚もやっと追いついた。
「朋也君、速いです。」
「おう、悪いな。渚。こっちだ。」
「はい。」
 渚を資料室へと迎える。
「こんにちはえっと・・・。」
 宮沢が朋也に困惑した表情を向ける。
「渚だ。古河渚。俺の友達だよ。」
「あっ、はい。古河渚です。よろしくお願いします。」
「あ、はい。宮沢有紀寧です。こんにちわ。」
 渚と宮沢が互いに頭を下げる。ヒョコヒョコヒョコ。揺れるアンテナの数が増えた。
「単刀直入に聞くが・・・。」
「今コーヒー入れますね。」
「ありがとうございます。」
 あっさりと流された。
「あ、朋也さん。何でしょう?」
「いや、うまいコーヒーを頼む。」
「はい、分かりました。」
 宮沢はミニキッチンへと向かった。
「朋也君。」
 隣を見ればこちらを見上げる渚の目。
「宮沢さんとはお知り合いなんですか。」
「あたりまえだろう。だからここに普通に入れたんだ。」
「そうですか・・・。」
「妬いてるのか。」
「はい。」
 渚が素直は答えた。
「って、何言ってるんですか私。」
 言った途端に自己つっこみ。
「渚。」
「なんですか。」
「可愛いって言ってみな。」
「・・・。」
 渚の顔がどんどん朱に染まっていく。過去の出来事を思い出しているのだろう。
「ほら。」
「いや、いいです。」
「遠慮するな。」
「遠慮なんてしていません。」
「ほら、『可愛い彼女だ』って。」
「言いません。」
「俺は渚が自分が可愛いって言ってくれる方が嬉しいな。」
「・・・本当ですか。」
「もちろんだ。」
 そのほうが面白い。
「・・・わかりました。いきます。」
 スゥと息を吸い込む。
「私は朋也君の可愛い彼女です!」
「そうなんですか。」
 渚は光速でその場から一歩逃げ出した。
「はい、私もそう思いますよ。渚さんとお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「・・・。」
「おい渚。」
「・・・どうしましょう。私恥ずかしいこと言ってました。」
「いいじゃないか。可愛いよな、宮沢。」
「はい。そう思いますよ、古河さん。」
「そうでしょうか。」
「だから自身もてって。」
「そうですよ。」
「・・・わかりました。」
「よしその意気だ。」
「ところでどうぞ。コーヒーです。」
 宮沢はトレイにコーヒーカップをみっつ載せていた。それをテーブルの上においてひとつずつテーブルの上に移しかえていく。
「どうぞ。」
 宮沢に勧められるままにカップを手に取った。芳香がかぐわしい。カップに口をつける。
「・・・うまい。」
「ありがとうございます。」
 宮沢の優しい声が染み入る。
「おいしいです。」
 横でも渚が同じ感想をもらしていた。
「そういってもらえるとうれしいです。」
 宮沢もカップに口をつけた。三人が黙ったままコーヒーを口に運ぶ。そこには沈黙と同時に落ち着きがあった。または安らぎ。
「ってそうじゃない!」
 とりあえずコーヒーを飲み終えてから勢いよく立ち上がる。
「どうしたんですか朋也さん。」
「俺たちは宮沢に聞きたいことがあってここに来たんだ。」
「私に聞きたいことですか?」
「ああ。」
 宮沢はカップを置くとあらためてこちらを向いた。
「なんでしょう。」
「あのだな、そのアンテナはなんなんだ。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・はい?」
「だからそのアンテナはいったいなんなんだ?」
「何のことでしょうか?」
 朋也は渚を引き寄せた。そして頭のそれをつかむ。
「これだ、これ。」
「朋也君痛いです。」
「ああ、悪い。」
 渚の頭を解放してやる。ヒョコヒョコ。
「これですか?」
 そうして宮沢も自分の頭のそれをつかむ。
「ああ。それの正体がいったいなんなのか教えてほしい」
「そんなこといわれましても。」
 宮沢は苦笑いをする。
「私も知りませんよ。」
「本当か。」
「嘘なんていいませんよ。」
「そうか。」
 どうやら無駄足だったらしい。
「ごめんなさい。お役に立てなくて。」
「いやいいんだ。悪いな。」
 いいながら席を立つ。
「コーヒーご馳走さま。」
「お粗末さまでした。」
「ほら行くぞ、渚。」
「あ、はい。あの、ご馳走さまでした。」
 渚は立ち上がり頭を下げた。
「はい。これからもどうぞいらしてください。」
「はい、ぜひ来させていただきます。」
「じゃあな、宮沢。」
「はい、それではまた。」
 朋也と渚は資料室を後にした。

「くそぅ、結局分からずじまいか。」
「やっぱり謎なんてないんだと思います。」
「いいや、絶対にあるはずだ。」
 二人してまた古河パンへの道のりを歩く。夕日がまぶしい。」
「朋也君。」
「なんだ?」
「えっと、私のコレ嫌いですか?」
 そういって頭のアンテナをさす。
「いや、別に嫌いと言うわけじゃないが。」
「ならいいです。」
 渚の歩くスピードがほんの少し上がる。
「・・・もしかしてお前俺がそのアンテナのせいでお前のこと嫌いになるとか思ったのか。」
「・・・。」
 ぐわ、アホな子だ。
「お前アホな子だろう。」
「・・・。」
「大丈夫だって。俺を信じろ。宮沢だって言ってただろう。渚は可愛いよ。」
「朋也君今恥ずかしいこと言っています。」
「分かってるよ。」
「でもうれしいです。」
「・・・。」
 渚が立ち止まった。・・・古川パンの前だった。
「それでは、ここで。」
「あ、ああ。」
 朋也も足を止める。
「お母さんのパンいりますか?」
「いらない。」
 とりあえず即答。
「なんだと!」
 店の中から声が聞こえた。
「早苗のパンは人間の食うもんじゃないっていったのはお前か!」
「いや、あんただよ。」
 秋生はエプロンをつけていた。
「珍しく店番をしてたのか。」
「当たり前だ。貴様は俺を誰だと思ってやがる。」
 なぜそんなに自信があるのだろうかと不思議に思った。
「お父さん、ただいまです。」
「違うだろ、渚。いつものようにお父さん大好きといいながら腕の中に飛び込んできていいんだぞ。そんなガキなんか気にするな。」
「私そんなことしてません。お父さん嘘吐きです。」
「ガーン!おい、貴様のせいで俺が嘘吐きになったじゃねえか。どうしてくれる。」
「知るか。」
 そんな三人の輪に黒い影がかかった。
「お帰りなさい、渚。」
「あ、お母さん。ただいまです。」
 ヒョコヒョコヒョコ。
「あ。」
「どうしましたか、朋也さん?」
「早苗さん。聞きたいことがあるんだがいいか?」
「スリーサイズは教えねえ!」
「そんなの聞かねえよ!」
 秋生の乱入につっこみを入れとく。
「嘘つけ。気になるだろうが。」
 確かに気にならないこともないが。
「私のスリーサイズが聞きたいんですか?」
「違います!」
「朋也君、今一瞬悩んでました。」
 渚が肩を落とす。なぜこんなに鋭いんだ。
「朋也君えっちです。」
 渚の発言1。
「早苗さん。」
 朋也は話を振り出しに戻した!!
「はい?」
「そのアンテナはなんですか?」
「アンテナ?」
 本日三度目の反応。
「その頭についているやつです。」
「ああ、これですか。」
 早苗さんが頭に手をやる。ヒョコヒョコヒョコ。
「それはいったいなんなんですか。」
「これはですね・・・。」
 早苗さんがいいところで言葉を切る。
「私たちの第二の脳です。」
 早苗さんの爆弾発言Part1!
「これがあると新しいことが浮かんだり、強くなったり、コーヒーがうまく入れられたりするようになるんです。」
「最後のコーヒーって関係ないんじゃ・・・。」
「いいえ。とても重要なことですよ。人を幸せにしてあげられます。」
 そうして早苗さんはにっこりと微笑んだ。
「数が増えるとその効果も上がるんでしょうか?」
 渚が挙手をして発言する。
「そんなこともないですよ。渚も二本だからって気にしてはいけません。また増えますから。」
「はい。私がんばります。」
 両こぶしをぐっと握り締めた。
「ははは、ないのは貴様だけだ、小僧。」
 なぜかおっさんに馬鹿にされた。