「あ」
声が重なった。
風子と二人で歩く商店街。
とあるお店。窓ガラスの向こうには。
「・・・ヒトデ」
ヒトデが先っぽについた帽子があった。
隣を見ると風子はすでに旅立っている。
悪戯をしますか?
→はい
  いいえ
『リボンをほどいて目隠しをするLv1』
風子の髪を縛っているリボンをはずすと、それで風子に目隠しをする。
大きな入道雲が太陽を隠し、そしてまた太陽が顔を出した。
「は!」
風子が戻ってきた。
「暗いです。真っ暗で風子何もみえません」
「そりゃそうだろ。夜なんだから」
「夜なんですか!」
「ああ、風子がボーっとしてる間に夜になったんだ」
「風子ボーっとなんてしてません。どちらかというとしゃきっとしてます」
「でも夜になったの気付かなかっただろ」
「いえ、実は気付いていました。風子、朋也さんを騙しただけです」
「ああ、そうか。じゃあとりあえず目を瞑って10数えてみな」
「なんでですか」
「いいから、ほら」
「はい」
1・・・2・・・3・・・。
その間に風子からリボンをほどく。そして再び髪にまいた。結び目が少し変だが気にしない。
・・・9・・・10。
パチッ。
「ん・・・。うわあ!」
「ん、どうした、風子」
「まだ明るいです」
「そりゃまだ夕方にもなってないからな。あたりまえだろう」
「でも、今はもう夜だったはずです」
「何言ってるんだ。夜なはずないだろ」
「でも真っ暗でした」
「は?ああ夢でも見てたんだろう。ほら、風子よくボーっとしてるから」
「違います。風子どちらかというとしゃきっと・・・って、さっきも同じこと言いました!」
なにやら頭を抱える風子を横目に、窓ガラスに顔を向ける。
風子をからかうのは面白い。
「なんだろうな、これ」
「ヒトデです」
予想よりもはやく風子は復活したようで、即答だった。
ヒトデに関する反射神経大会があったらまず優勝だろう。
そんな大会あったら、嫌だが。
さて、それは確かにヒトデだった。
星がついているお子様用の帽子はよくある。
しかしこれは紛れもなくヒトデであった。本能がそう告げている。
プラスチック製のヒトデがついたハット形の帽子。
「朋也さん」
「お子様用だぞ」
言われる前に釘をさす。
「ヒトデに大人も子供もありません。みんな大好きです」
「いや、俺は好きじゃないけどな」
「うわ、それって人生のうちの79%を無駄にしてます」
妙に細かい。
「だいたいこんなお子様用の帽子かぶって歩いたりなんかできないだろう。風子は大人なんだし」
「はい、風子、紛れもなく大人です。でも時には子供に還りたくもなります。朋也さんもあるはずです」
「子供に戻りたいこと?」
「はい、そうです」
子供時代・・・。
「ありますよね」
親父が、親父だった時代。
そんなときの自分。
「別に」
「そうですか」
「今が一番いいよ」
「でも風子は今だけ子供になります」
結局その日はそのまま街を歩いて、風子と別れた。


登校時の通学路は今日も多くの人でにぎわっている。
家を出るとき、居間に親父の姿はなかった。
昨日から妙に親父のことが気にかかる。
「子供に還りたくもなります」
その一言が、痛い。


「おはようございます」
校門から続く坂のふもと。背中から響いた声に振り向く。
そこには古河が立っていた。
「おう」
「えへへ。今日は岡崎さんと会えました」
古河はもう一人でこの坂を上れるのだろうか。
ふとそんなことを思う。
「古河」
「はい?」
「まだあんぱんは必要か?」
「あんぱん、ですか」
そうですね、と坂を見上げる。
校舎の中に、同じ姿をしたものたちが吸い込まれていく。
嬌声、狂声、強勢、共生、強制。
そんなものの大きな塊があるところ。
「・・・まだ、無理です。ごめんなさい」
「いや、別に・・・」
そういう意味で言ったんじゃない。
「まだまだ、これからだよな」
「はい。今日はサンドイッチに挑戦してみようかと思います」
サンドイッチは定番だが定番ゆえに人気のある商品の一つだ。
あんぱんが習慣となっている古河には大きな壁であろう。
「そうか、がんばれよ」
「はいっ、サンドイッチ」
ニコニコと、古河が笑顔を向けた。
その笑顔に胸がドキリと加速する。
「って、なにトキメいてるんだ俺は!」
「わぁ。びっくりしました。」
突如大声をあげた俺に、古河の体がビクリとはねる。
「いや、いくらなんでもいきなりそれはまずいだろう」
「はい?」
古河は訳が分からないといった面持ちでこちらを眺めている。
「ほれ、さっさと上るぞ。おまじないの効果がなくなっちまうだろ」
「あ、はい。そうですね」
そうして、二人並んで坂道を登り始めた。


教室へ入ると同時に春原が声をかけてきた。
「おはよ。遅いね、岡崎」
「お前みたいに教室に泊まりこんでないからな」
「ははっ、なんで僕が教室に泊まらないといけないんだよ」
「あの部屋を追い出されたんだろう」
「勝手に追い出さないでくれますかねえ!」
「まったく、毎晩裸踊りなんてしてるからだぞ」
「してないよ!もし追い出されてもそれは岡崎のせいだからな」
「なんで俺なんだよ」
「毎晩人の部屋にきては僕の穏やかな生活を壊してたのはだれだよ」
「やめてくれ。そんな言い方するとまるで俺が春原の生活の邪魔をしているようじゃないか」
「・・・・・・」
無言で涙を流す金髪。キモッ。
「それにしても、ほんとなんで今日はこんなに早いんだよ」
遅刻常習犯の春原からすると考えられないことだ。
「それがさぁ、聞いてくれよ。実はな」

『僕はさ、普段通り朝はじっくりと睡眠をとっていたんだよ。
ほら、睡眠不足っていろいろとあれじゃん。
そしたら朝からガンガンと入り口のドアを叩かれるわけだよ。
こっちは眠いのにそんなことされたら起きないわけにはいかないだろ。
「はーい」
だから出てみると、美佐枝さんだったんだよ。
「お、やっと起きたか。あんたに電話だよ。さっさととりな」
だから僕はしぶしぶ電話機のとこまでいったんだよね。
「もしもし?」
「あ。おにいちゃん?」
なんか実家から電話みたいでさ。
「なんだ、芽衣か。なんだよこんな朝早くから」
「うん、あのね。またそっち行くことにしたから」
「は?」
「日程とかはまた連絡するから。一応言っておくね。じゃあそろそろ私学校いかないといけないから」
「おい、芽衣!」
「あ〜、とりあえずお母さん代わる。じゃあ」』

「とかなんとかいわれてさあ。もう気分は最悪。寝ようにも寝られないからこうして早くからきてやったのさ」
「・・・あ、終わった?」
「聞いてなかったのかよ!」
「いや、聞いてた聞いてた。ヨウコ・デ・スノハラが捕まったんだろう」
「誰だよそれ・・・」
俺が知っているわけがない。
「・・・あれ?」
春原の声に顔をあげる。
「なんだ」
「なあ、あれ風子ちゃんじゃないのか」
春原の声に教室の入り口のほうへと目を向けると、確かにそこには風子がいた。
「どうしたんだ、あいつ」
「さあ。上級生の教室だから入りずらいんじゃないの」
などと話をしているうちに、風子はこちらを向き「あ」と口を変えると躊躇なく教室へと入ってきた。
「俺を探してただけみたいだな」
「そうだね」
トコトコとこちらにやってくる風子。
受験生の教室とはいえ、まだこの時期だ。朝までピリピリとしているわけではない。
教室に見慣れぬ生徒が入ってきたことを気にする生徒はいなかった。
「朋也さんおはようございます」
「うっす」
「金髪の人もついでにおはようございます」
「僕はついでなんだね」
「どうしたんだ、こんな朝から」
「はい、実はですね。これをおねぇちゃんから預かってきました」
そういうとポケットから少し皺になった封筒をとりだす。
「なんかシワシワだぞ」
「朝出かけるときに急に渡されたので仕方ないです。むしろそれより先に風子に感謝してほしいです」
「ああ、ありがと」
「はい」
ニッコリと笑う。
「では風子は教室に戻ります」
「ああ、がんばれよ」
「はい。それでは」
風のように現れた風子は、風のように去っていった。


窓から入る日差しが少し暑い。
教室の前方では今日も教師が黒板に文字を書きつけている。
大半の生徒はその黒板を食い入るように見つめ、手元のノートへと書き写している。
春原は机へと突っ伏していた。朝早く起きたといっていたからか、最初の時間からずっとこの状態である。
面白そうだから額に「豚」と書いてやったのだが、本人が起きなくては面白くもなんともない。
ぼんやりと外を見つめている。
空。
青い空が広がり、白い雲が漂っている。
グラウンドから聞こえるはしゃぎ声も、教師の声と同じように耳を通り抜けていく。
ポツンと切り離されたような空間。
その中で一人、独りでいることも考えずにただ空を見ていた。
『朋也さんもあるはずです」』
『「子供に戻りたいこと?」』
『「はい、そうです」』
ふと、昨日の会話が頭を駆ける。
子供の頃に戻りたいとは思わない。
これが、今が、現実だ。
もうあの頃の夢なんて思い出したくもない。
「―――っ」
ヒュンと、女性の顔がよぎった。
なにをいまさら。
もう、そんな年でもない。
俺は、あいつとは違う。
すっと意識が覚醒する。
照りつける日差しに、頬を一筋の汗が流れた。
夏は勢いを増していく。
なんだか今日はおかしい。
昨日からおかしい。
昨日の昼からおかしい。
昨日風子とデートをしたときから、おかしい。
「あ」
そういえば。
机の中に手をつっこむと、白い封筒をとりだした。
朝、風子から公子さんからの預かりものだといって渡された封筒だ。
春原の手前で封を開けるのもためらわれ、机の中に押し込んだのを忘れていた。
封を開き、中から紙をとりだす。
そこには公子さんのものと思われる、綺麗な文字が並んでいた。
表題には「招待状」とあった。


帰り道。
風子と並んで道を進む。
「じゃあ風子は何も知らなかったんだな」
「はい。だから風子は預かっただけですって言ってます」
「ふむ・・・」
手紙は週末のディナーへの招待状だった。
公子さんと祐介さんと風子と俺とで食事をしようと。
どうやら公子さんが手料理をふるってくれるらしい。
だからてっきり風子も知っていると思ったのだが。
「来てくれますか?」
「ああ、もちろん」
「よかったです」
夕陽の線に向かって歩いていく俺達の顔は、赤く染まっている。
「公子さんって料理上手そうだよな」
「はい、おねぇちゃんの料理は天下一品です」
「そうか、そりゃ楽しみだ」
「風子チャーハンとか好きです。すごいんですよ。お店で出るみたいに旗が立ってるんです」
「お前、いまだにお子様ランチ食べてるのか」
「何を言ってるんですか。お子様ランチ大好きです。朋也さんは食べないんですか」
「そりゃそうだろ」
お子様ランチがあるところで外食なんてほとんどしないというのもあるが。
「わぁ・・・」
「なんだその目は」
「それって人生の83.2%を損してます」
昨日よりさらに細かくなっていた。
昨日の数字とあわせると俺の人生はもはや絶望すら残っていないようだった。


一週間は驚くほど早く過ぎた。
その間、これまでになく風子の質問攻めにあった。
「何か食べたいものはありますか?風子、カレーがいいです」
「何か嫌いなものはありますか?風子、ピーマン嫌いです」
「白味噌と赤味噌はどちらが好きですか?風子、あわせ味噌が好きです」
「鶏肉と牛肉と豚肉のどれが好きですか?風子はどれも好きです」
「ご飯に旗立ててくれるっていってました!」
そして今日。
昼間は風子とデートをして、そのまま風子の家に向かうことになっていた。
いつもは家の前までしか行ったことのない風子の家。
中に入るというだけでなんだかドキドキしてちょっとおしゃれなどしてみた。
まあ、普段おしゃれになんて興味のないやつのちょっとしたおしゃれ程度だが。
「朋也さん」
風子の声にふと我に返った。
「あれ」
そこは、この間の店の前だった。
一週間たっても、それはそこにしっかりと飾られていた。
「朋也さんも本当はほしいと思っているはずです」
「思ってるか!」
「いいえ、風子には分かります。朋也さんは頭の中ではあれをかぶってヒトデ祭りに参加してます」
「まじかよ・・・」
片方だけでもありえないのに、両方揃うなんてまずありえない光景だ。
「だからほら。ぜひ買いましょう」
風子の両の瞳がリンリンランラン煌煌と光っている。
「あの帽子をかぶった風子・・・」
風子は旅立った。
悪戯をしますか?
→はい
  いいえ
『装備を変えるLv1』
旅立っている風子をそのままにして一人店内へと入る。
そして店員を捕まえると、用件を伝え、勘定をして店をでる。
まだしっかりと旅立っている風子の頭にそれをかぶせる。
それは小さいかと思ったが、風子の頭にぴったりと納まった。
「はっ!」
おかえり風子。
「ふぅ、それにしても素敵なヒトデで・・・あ!」
「ん?どうした」
「大変です!あの帽子がなくなってます!」
「そんなことないだろ」
「いえ、あれ、本当に。さっきまであったのに」
「じゃあ風子がボーっとしてるあいだに売れたんだな」
「そんなことありません。風子常に回りに気を張ってます」
こいつは間違いなく襲われたらやられるタイプだ。
「じゃあなんで売れたのに気がつかなかったんだ」
「それはきっとお店の人が風子の記憶を操ろうとしたんです」
「記憶を?」
「はい。売れてしまうヒトデを見て風子が悲しまないようにと。残念ながら魔法は失敗したみたいですが」
「じゃあ今風子は悲しいのか」
「はい。売れてしまってぷちショックです!」
眉毛がへにゃっと曲がる。
「じゃあさ」
言って、心の中で笑いながら風子の頭を叩く。
「これはなんだ」
「これ?」
風子は自分の頭へと手をやった。
「風子何かかぶってます」
「そうだな」
「風子何かかぶってましたっけ?」
「いや、いつも通りリボンを巻いてきただけだろう」
「でも風子今なにかかぶってます」
「見てみればいいんじゃないか」
「そうですね」
風子は帽子をすっと取り除いた。そしてそのまま目の前に持ってくる。
「あ!」
風子の目が点になった。
「ヒトデです!」
傍にいるこちらにまで興奮が伝わってくる。
風子が旅立たないほどの衝撃なのだ、ということがうれしい。
「朋也さん、あのヒトデの帽子ですよ」
「ああ、そうだな」
さきほどから相槌ばかりなのがなんだかもどかしい。
心の中はこんなにも踊っているというのに。
「似合いますか!」
風子はいつもの調子がもどったのか目が「><」になっていた。
「ああ、怖いくらい似合ってる」
ほんとに、風子のために作られた帽子ではなかろうかというほどに。
それは贔屓目に見てかわいいとかというのではなく、風子のために作られたというのが、風子を知っている人間なら皆が感じるはずなほどだ。
天使に羽、ウサギに耳、風子にヒトデといっても過言ではないくらいにはまっていた。
「似合ってますか、似合ってますか」
「ああ、ほんと似合いすぎて俺も怖い」
店のウインドウの前で子供用のヒトデの帽子をかぶった少女と青年がはしゃいでる姿は街の人にはどのように映っているのか。
そのときはそんなことさえ気にならなかった。
はしゃぐ風子を見ているのが面白くうれしかった。
ふと、風子と目があった。
頬は赤く上気しているが、目は多少落ち着いていた。
「朋也さんが買ってくれたんですか?」
「ほかにだれがいるんだよ」
「風子があまりにかわいいので、道行くおじさんが買ってくれたのかもしれません」
それで無言で帽子だけ乗せて去っていったと。怖!
じっと風子に見つめられる。
思えばこんなの久しぶりかもしれない。
はしゃぐ風子とそれを見て面白がっていると俺と。
毎日がそれで楽しい。それが風子と俺との付き合い方。
だから、こんな風にまじまじと目を合わせることなんてなかった。
不思議と恥ずかしくはなかった。
「俺だよ」
声に風子はやっぱりといった感じで表情を崩し、ニッコリと笑い
「ありがとうございます」
と言った。
なんだか可愛いなと感じた。


ヒトデと一体化、もとい、ヒトデの帽子をかぶった風子と手をつないで歩く。
目指すは風子の家。
思えば彼女の家にお邪魔して、彼女の姉夫婦に晩飯をご馳走になるというのにまったく緊張していない自分がいる。
これはやはり見知った人間だからというのが大きいのだろうか。
手をつないで歩いていると、風子はまるで恋人という感じがしない。
友達・・・いや、兄妹といった感じだろうか。その辺は春原にでも聞いてみるか。
「風子は今日の晩飯のメニューとかって聞いてるのか」
「いいえ、風子も知らないです。でもおねぇちゃん、朝から張り切ってましたよ」
日はまだ少し高い位置にある。ほんの少し前まではこの時間ともなると日は姿を隠そうとしていたはずなのに。
太陽はちょっぴり大胆になったようだ。
「そうだ、なんか手土産持って行かないといけないかな」
「異議なしです。風子ケーキとか好きですよ」
「そうだな。花なんてガラじゃないし、ケーキでも買っていくか」
帰り道からちょっと寄り道。
風子が好きだというケーキ屋まで連れて行ってもらうことにした。
なんでもショートケーキが風子の言うところの「とんでもなく最高」らしい。
店はすぐ近くにあった。いいところで思い出したものだ。
店はこの大きな町にいては誰も気付かないんではないかというような小さなものだった。
だがその逆、よく目に留まるような配色をしている。
ファンシーな感じとでも言うのだろうか、ピンクや茶色がバランスよく配色されており見ただけでケーキ屋だとピンとくる。
風子が先に扉をくぐるとチリンチリンとドアに取り付けられたチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あら」
二つの重なった声に、一瞬コチラの動きは止まってしまった。
「おねぇちゃん」
「公子さん」
一呼吸おいて、今度はこちらの声が重なる。
狭い店内には、公子さんという先客がいた。
「こんにちは、岡崎さん」
「あ、どもっす」
風子はすでに公子さんの隣まで到着していた。
「いらっしゃい、風子ちゃん。元気になったみたいだね」
「こんにちは」
それだけ言うと公子さんに向き直る。
「どうしましたか、おねぇちゃん。まさか風子たちを待ち伏せですか」
「こんなところで待ち伏せなんてしないよ」
「エスパーですか?」
「だから違うよ」
「どうしてここにいるんですか」
「えっと、デザートにケーキでも買おうと思って。ふうちゃんここのケーキ好きでしょう」
「はい、大好きです。イチゴの乗ったショートケーキとか大好きです」
「うん、ふうちゃんのはショートケーキにしてるよ」
「わぁ、イチゴ乗ってますか、イチゴ乗ってますか」
「普通はショートケーキっていったらイチゴが乗ってると思うけど」
「うれしいねぇ、そんなに気に入ってもらってるなんて」
ニコニコとお店のおばちゃんが口を挟む。
「丁度よかった。岡崎さんは何が好きですか?」
「え、俺っすか」
「はい、今、岡崎さんのケーキを何にしようか悩んでいたところなんですよ」
ちらりと視線を公子さんからずらしてガラス棚にならんだケーキを見た。
ショートケーキやチーズケーキなど様々な種類のケーキが並んでいる。
どれもこれも普段の生活で食べることなんてないものだから好きも嫌いもない。
だから「ショートケーキで」と答えた。
「はい、分かりました」
「朋也さん、ナイスチョイスです」
あははと笑いながらおばちゃんがお盆の上にケーキを乗せる。
「はい、もうこれで全部かな」
「はい、お願いします」
店のおばちゃんは手馴れた感じで箱を組み立てるとケーキをそこに並べていく。
そして最後にドライアイスを入れるとシールで蓋をした。
「はいよ。風子ちゃんが持つかい」
「はい」
気をつけるんだよといいながら手渡される箱を背伸びをして受け取る。
「これでお願いします」
公子さんが差し出したお札を受け取りレジをいじるおばちゃん。
「あ、俺出しますよ」
ボーっと眺めていたが、ふと我にかえってレジへ近づく。
しかしそれはやんわりと公子さんに止められた。
「お客さんにそんなことしてもらうわけにはいきませんよ」
「でも、どうせお土産にしようと思ってたんで」
「いえいえ、ほんと気にしないでください」
そして公子さんの手に小銭が渡された。
「あはは。それじゃあそっちのボクは次のときに頼むよ」
ありがとうございましたという声を背に扉をくぐった。
まだ外は明るい。
三人で並んで家路につく。
「あ、ちょっと先に行っててください」
俺は、そう声を発していた。
「はい?」
「どうしました朋也さん」
「ちょっと。ともかく、すぐ行きますんで」
「はいわかりました。お待ちしてますね」
公子さんの返事を聞くと小走りに来た道を戻る。
いざ公子さんと会うとやはりなんだか緊張してしまった。
そしてそれと同時に変な感覚がわきあがる。
恥ずかしさ、というものなのだろうか。
「すいませーん」
「はい。いらっしゃいませ」
俺は先ほどのケーキ屋に行く途中に見つけていた花屋にいた。


パタパタと足音が聞こえる。
呼び鈴を押した瞬間からの時間を考えると、きっと待っていてくれたのだろうと思い、うれしくなる。
思えばこの家の呼び鈴を鳴らすのは初めてだった。
「待ってました」
玄関口に迎えに現れたのは風子だった。
「おう、遅くなったな」
「わあ、朋也さんがぷち似合わないもの持ってます」
「うるさい」
「うちの庭のお花ですか?」
「お前俺がなんでいったん別れたか考えろよ」
「風子朋也さんは急に走りたくなったんだって思いました」
家の中から「ふぅちゃーん、どちらさまー」という声が響いてきた。
「は、そうでした。風子自分の任務をすっかり忘れていました。朋也さんぷち最悪です」
「俺のせいかよ」
「まあいいです。風子は心が広いから許してあげます。どうぞ」
「ああ、お邪魔します」
風子について玄関のドアをくぐる。
すると廊下の奥から公子さんが姿を現した。
「いらっしゃい、岡崎さん」
「ども、お邪魔します」
さっき会ったばかりなので挨拶も早々に朋也は手に持ったものを差し出した。
「あの、これ」
「わぁ、綺麗ですね」
「うちの庭の花です」
「こら、ふぅちゃん。わざわざありがとうございます。どうぞ」
公子さんに促されるままに部屋の中に足を踏み入れた。
そこがリビングなのだろう。
テレビに向かってゆったりとしたソファが置かれている。
そしてそこには。
「よう」
「うっす」
吉野祐介がいた。
祐介さんはその場の景色に溶け込んでいた。
自分の色だけが違う。来訪者。
「どうぞ座っててください」
後ろから花を持った公子さんが部屋に入ってきた。続いて風子。
「あ、すいません」
入り口から一歩奥に入って二人を通すと、ソファに向かった。
祐介さんの横に、一人分の間をあけて座る。
台所と思われるほうではガサガサかちゃかちゃと音がしていた。
「久しぶりだな」
「そうっすね」
それ以上は特に続かない。
暇をもてあまして部屋をぐるりと見回してみた。
これといって変わったものはない。
テレビがあったり棚があったり。
棚の上に写真が飾られていた。
近づいていって手に取る。
「―――」
口から音が漏れた。
コチラを見つめる四つの瞳はキラキラと輝いている。
しかしそれをも凌駕するほど、二人は光に満ち溢れていた。
「すばらしい時間だった」
すぐ後ろに祐介さんが立っていた。
「あのひとときは俺達の中で永遠のものとなっている」
そういって前髪に手をかざす。
あの後。
あの結婚式の後。
町の写真屋さんに行って撮ったのだという写真。
こちらを見つめる二人は、見えない光に満ち溢れていた。


「それでは、お邪魔しました」
「いえいえ、ぜひまた遊びに来てください」
外は夜の帳がおりきっている。
キラキラと空に輝く月と星々。
公子さんの育てている花たちは夜露をきらめかせる。
「はい、また来てください」
頭にヒトデをつけた風子も見送りにきてくれていた。
夕食中、公子さんに何度注意されても風子はその帽子を脱ぐことはなかった。
仕方のないやつだと思いながらも、こっそりとうれしい。
夕食はとてもおいしかった。
「じゃあな風子。また」
「はい、気をつけてください」
「渚ちゃんにもよろしく」
軽く手を上げながら明るい世界を離れていく。
一際強い灯かりから離れた俺は、違う明かりの中を歩き始めた。
夕飯のメニューは確かに豪華だった。
ご飯に味噌汁、メインディッシュには目玉焼きの乗ったハンバーグ。しかも公子さんお手製のソースがかけられていた。
風子のご飯だけは平皿に盛られ、しっかりと旗が立てられていたのが面白かった。
食べ終わって少し話をして、ケーキを食べた。
風子おすすめのショートケーキはちょっと甘すぎた。
春は着実に終わり新しい季節へと代わっていっている。
さっき聞いた話によるとそろそろ雨が続くようになるらしい。
温かい。
温かかった。
温度がとても温かかった。
不思議と居心地の悪さを感じなかった。
それは古河の家に行ったときのよう。
今までに感じたことのなかった空気。
『「幸せっていうのはこんなものだ」』
祐介さんの台詞が頭をよぎる。
家族なんてもっと殺伐としているものだと思っていたのに。
幸せは楽しさの中にあると信じていたのに。
でも。
確かに思えば妹がどうのと話をする春原の顔も、酷いものではなかった気がする。
むしろ、うれしそうだった気がする。
家族ってそんなにいいものなのだろうか。


家の中に明かりを見つけた。
親父は家にいるらしい。
胸の中にモヤモヤを抱えたまま、家の敷居を跨いだ。
「おや、おかえり朋也くん」
ぐっと堪えてみる。
「ただいま」
それだけ行って自分の部屋に向かおうとしたそのとき、親父の手の中に目が吸い寄せられた。
「ああ、これかい」
親父はそれをしっかりと手に持ち直した。
「朋也くんがくれたものだからね」
親父の手の中には風子の想いがあった。
木彫りのヒトデ。
春原の家からは消えてなくなっていた木彫りのヒトデ。
風子の想いはまだ続いているのだろうか。
公子さんが結婚した今も続いているのだろうか。
「どうかしたかい?」
「なんでもねえよ」
部屋まで走った。


学校にまではさすがの風子もあの帽子をかぶってきてはいなかった。
家を出る時に公子さんに奪われたらしい。
「おねぇちゃん強引です」
プリプリと頬を膨らませていた。


6時間目の始まる頃、金色の髪をしたやつが現れた。
たたかう。必殺技。
「くらえ我が必殺の奥義!金髪顔面つぶし64連撃ぃぃぃぃぃ!!!」
頭の中での攻撃は見事に命中したようだ。
足を椅子に引っ掛けて見事に顔から転んだ。
「誰だよ!こんな場所にいす置いてるやつは!!!!!!」
立ち上がって叫ぶ。
それお前の机だからな。
しかし叫ぶだけ叫ぶと春原はしっかりとその席に着いた。
そして机に体を倒した。
背後に回る。
「うわぁぁぁぁ!」
再び大声をあげ、体を起こした。
「てめぇ、岡崎!」
「よぅ」
「よぅじゃねえ!」
叫び続けてはいるが、どうも本調子ではないようだ。
「いや、わき腹がこってるかと思って」
「お前いつからそんなに人の体を気遣うようになったんだよ」
「いや、今のお前を見てたらどうにも攻撃したくなってな」
「攻撃って認めてるよね」
はぁ、とため息をつく。やはりどこかおかしい。
「泥棒にでもはいられたのか」
「まあ、そんなとこだよ」
「大変だったな」
「まあね」
こんな調子だ。
「妹がさ」
「ん?」
「妹が昨日来たんだよね」
「ああ、そういえば」
そんなことを言っていた気もする。
「それでさ昨日は散々連れまわされて、部屋まで掃除していきやがった」
「別に暇だったんだろ、よかったじゃねえか」
「ふん、そう思うのかい」
人を小ばかにした表情をする。ぜんぜん似合っていないが。
「僕も昨日はほんとはデートの予定とかあったんじゃん。なのになんでわざわざ妹と過ごさなきゃいけないんだよって」
「・・・・・・」
「あれ、なんでそんな悲しい目してるの」
「いや。それで、部屋の片付けとかしてもらったならよかったんじゃないのか」
「そう、そこなんだよ」
春原の不調の原因は妹がきたことではないらしい。
「あいつさ、僕が大切に集めてたパンについてるシール捨てちまったんだぜ」
「ああ、あのエロ本に貼ってたやつか」
「エロ本になんか貼ってねえよ!」
自分の席で読書に没頭しているはずの藤林椋の耳は不自然なほど赤く染まっていた。
「なに大声でエロ本とかいってるんだ。委員長とか顔真っ赤だぞ」
「岡崎、そんなことばっか言ってると、僕、君の親友やめちゃうよ」
「親友?」
「え、なにその反応。俺と岡崎は親友だろ」
「いや」
「即答かよ!」
「・・・違うな」
「考えられると余計悲しい」
「しかたないな、主人とその手下でいいよ」
「もういいよ」
また涙を流している。キモッ!
チャイムが鳴り、教師が入ってきた。
もともと数は少ないが、勉強をせずに友達と話していたやつらも席に着く。
そしてまた今日最後の授業が始まった。
これが終われば、風子とのデートだ。







「そういえば聞きたかったんだが」
「なに?」
漫画から顔を上げる春原。
深夜の春原の部屋。
「妹ってどんな感じだ」
「妹?」
「ああ」
ちょっと眠かったのかもしれない。
春原は意外と真面目な答えを返してきた。
「別に。なんでもないよ。ただ泣いててほしくないって思うくらいかな」
「こないだは手とか繋いだりしたか」
「ん?ああ、芽衣のやつが勝手に腕につかまってきたりはしたな。けど、どうしたんだ?」
「そのときどんな感じがした?」
「なにが言いたいんだ、お前?」
「いや、手繋いで歩いてうれしかったりするのかなって」
「ははは。そんなわけないだろ。別に妹だしね」
「そうか」
やはり風子は妹のような存在なんかじゃないんだと思った。