注意。ネタバレです。



「ほら、焼き飯できたぞ。」
「・・・最近こればっかり。」
「文句があるなら食うな。」
 汐の前に差し出した皿を引き戻す。
「・・・ああ。」
「食いたいか。」
 コクコクと首を縦に振る。
「仕方ない。じゃあパパ大好きと言え。」
「パパ大好き。」
「ぐっはぁ。」
 のどかな昼時。汐と一緒のご飯を楽しんでいた。そこに突然玄関のチャイムの音。
「はーい。」
 こんな時間に来客とは珍しい。早苗さんだろうかと思いながら扉に向かう。
「ちょっと待ってください。」
 鍵を回し扉を開ける。
「こんにちはです。」
 そこに立っていたのは早苗さんよりも遥かにお子様だった。
「失礼です。風子お子様なんかじゃありません。どちらかというと大人の女です。」
「というか人の心の声にツッコミを入れるな。」
 一応ツッコミ返しをしておく。
「何でお前がここにいるんだ。」
「決まっています。」
 風子がない胸を張る。
「だから風子は胸がないことはありませ・・・。」
「だぁ!だから何なんだ。」
 話が先に進まない。
「はっ、危うく風子の話が無視されるところでした。岡崎さん最悪です。」
「・・・。」
 無言で玄関の扉を閉じる。
「ああ、待ってください。まだ風子の話は終わってません。そんなことするとピンポンダッシュしますよ。」
 犯人がわかっているなら捕まえるのも楽なものである。
「ううっ。でもその程度のことで風子負けません。待っててください汐ちゃん。今風子が行きます!」
「汐をどうするって。」
「うわぁ。」
 いきなり扉を開く。
「風子心臓がドキドキしてます。これが恋って奴でしょうか。」
 朋也を見る。
「最悪です!!!」
「だから何なんだ。」
 いい加減疲れてきた。
「今昼飯食ってんだよ俺たち。だからさっさと用件を言え。」
「お昼ご飯って何ですか。」
「焼き飯だよ。」
「美味しそうですね。では。」
 風子が玄関へと入ってくる。
「なん・・・。」
 その横にはスポーツバッグ。一日お泊りセットが入りそうな大きさだ。
「お邪魔します。」
「邪魔だ。」
 そういって風子の体を押す。
「痛いです。風子怒りますよ。」
「怒るのはこっちだ。何だその荷物は。」
「これですか?」
 自分の隣にあるバッグを見る。
「スポーツバッグです。」
「・・・。」
「とにかく上がります。」
 風子は朋也の脇を通り抜けていった。奥で風子の歓喜の声が聞こえる。
「はあ。」
 ため息が出た。

「で。」
 なぜか三人になった食卓。風子の皿の前には朋也と汐からの分け前が乗っている。
「何の用できたんだ、今日は。」
「岡崎さん。うるさいです。食事の邪魔です。」
「お前だろ!」
 おもわず怒鳴る。
「・・・。汐ちゃん、やっぱり岡崎さんは怖いですね。だから風子と一緒に行きましょう。」
「だから親の目の前で誘拐を目論むな。」
 その間も汐は黙々とスプーンを動かす。
「あ、そうだ。風子汐ちゃんにプレゼントがありました。」
 プレゼントという言葉に汐が反応する。
「なあに?」
「これです!」
 そういって風子が取り出したものは例のあれだった。
「星な。」
「違います。」
「手裏剣だったっけ。」
「それって髪の色がヘンな変な人と一緒のこと言ってます。」
「ぐはぁ!」
 春原と同じことを言ってしまった。俺はもう生きていけないかもしれない。
「はい。あとは風子に、任せてください。」
「って、できるか。」
 1秒で復活。
「それ、なあに?」
 汐が目の光を風子の持っている木彫りに注ぐ。
「これはヒトデです。」
「ヒトデ?」
「そうです。もう、可愛すぎます。」
 風子は遠い世界へ旅立っていった。
「パパ、ヒトデって何?」
「ヒトデはなぁ。怪獣だ。」
「怪獣?」
 汐が首をかしげる。
「ああ。本当はもっと大きくてな、汐なんて一口でパクリだ。」
「・・・一口。」
 汐が明らかに怖がっている。作戦成功。
「違います!」
 その場で風子の声が響いた。
「ヒトデはもっとほわ〜ってなるものです。岡崎さん嘘吐きです。」
 なんとか帰ってきたようだ。
「パパ嘘吐きなの?」
「はい。風子隙をつかれてしまいました。岡崎さん最悪です!」
 気分を害したようだ。
「風子、焼き飯もう少しやろうか。」
「はい、頂きます。・・・。って、危うく食べ物に釣られてしまうところでした。」
「じゃあいらないのか。」
「いります。」
 こういう決断は異常に早い。
「って、そうじゃありません。汐ちゃんにプレゼントです。」
 そういってヒトデを汐に差し出す。汐は手を出そうか迷ってるようだ。
「どうぞ。」
「・・・お口。」
 汐がなぞの言葉を口にする。
「口?」
「だってパパが・・・。」
 本当に信じているらしい。
「ああっ、岡崎さんに負けてしまっています。風子かなりショックです。」
 確かに嘘を教えてはまずいだろうか。
「嘘だよ。」
「え?」
「汐。ごめん。俺嘘吐いた。だからもらっても大丈夫だよ。」
「・・・・。」
 ひとしきりの時間がたって。
「うん。」
 汐は手を伸ばした。
「よかったです。岡崎さんもヒトデの可愛さに目覚めました。」
「目覚めてないわ!」
 汐は手に取ったそれをくるくると回しながら見ている。新しく見るそれは汐の目にどのように映るのだろう。
 そして・・・。
「ありがとう。」
 満面の笑みだった。
「可愛い。」
「ああ。」
「可愛すぎます!」
 風子は立ち上がると汐の後ろに回り抱きついた。
「可愛い子が可愛いものを持っているなんて最高です。風子と同じくらい可愛いです。」
「こら、どさくさに紛れて何言ってる。」
 汐はオドオドと身体を動かしている。しかし風子が羽交い絞めにしているため動けないようだ。
「汐ちゃん、このまま帰りましょう。家にはまだいっぱいあります。」
「だから汐の家はここだ。」
 どうしても汐をつれて帰る気らしい。
「ところでその大荷物は何なんだ。」
 最初に持ってきていたスポーツバッグを指差す。
「まさかそれを入れてくるためだけじゃないだろ。」
「はい。風子今日はここに泊まります。」
「・・・は?」
「だからお泊りです。何度も言わせないでください。失礼です。」
「失礼なのはお前だろう!」
 風子が「?」という顔をする。
「突然やってきていきなり泊まるとか言うな。」
「風子電話しましたよ。」
「は?いつ。」
「昨日の夜です。」
「昨日の夜?」
 思い返してみる。昨日の夜は確か・・・。

「はいはい。」
 鳴り響く電話に返事が返ってこないと知りつつもおもわず声をかけてしまう。
「はい、岡崎です。」
「・・・。」
「どちらさまですか。」
「・・・・・・行きます。」
 ガチャ。
 ツーツー。

「あれがお前か!ってかわけが分からんわ!」
「もう。きちんと気持ちを受け取って欲しいです。」
「受け取れるか!名前も言ってないだろ。」
「あっ・・・。」
 少し考える。
「盲点でした。」
「一番大事だ!」
 隣でカチャリと音がする。
「ご馳走様でした。」
 汐が一番大人かもしれない。

『ごめんなさい。まさかそんなことになっているなんて。』
 公子さんに電話を入れておく。
『いいですよ。ということで明日の昼には連れて行きますから』
『はい。よろしくお願いします。』
 電話を切る。風子は汐と遊んでいた。
「汐ちゃん。風子のこと分かりますか。」
「風子お姉ちゃん。」
「もう一回です。」
「風子お姉ちゃん。」
「はうっ。可愛すぎます。」
 ジタバタ。風子がまた抱きついていた。
 ふぅとため息を吐いて横になる。後片付けも終わりまったりとした時間だ。
 瞼を閉じると心地よい感覚におぼれそうになる。
 突如閉じていても感じられる光が遮られた。
「岡崎さん。」
 風子が上から覗き込んでいた。
「なんだ。」
「汐ちゃんが眠そうです。」
 身体を起こすと汐は身体を前後に揺らしていた。
 コックリコックリ。
「もうほとんど寝てるじゃないか。」
 立ち上がり布団の元にいく。
「風子。」
「はい。」
「汐が倒れないように支えといてくれ。」
「分かりました。」
 汐の後ろに回って身体を抱く。それは母が子を抱きとめるようなそんな優しさがあった。
 横目に見ながら素早く布団を敷いた。
「ありがとな。ほら、汐。こっちだ。」
 手を取って立ち上がらせるとゆっくりと布団まで導いていく。
 布団の中に寝かせて上から薄いタオルケットをかける。
「可愛いです。」
 横に居た風子が呟く。
「ああ、そうだな。」
 天使の寝顔という形容は間違いじゃないと思う。親バカなんかではないだろう・・・と思う。
「渚さん。」
 ドクン。不意に心臓がはねる。
「そっくりです。」
「・・・やめろ。」
 今はまだ聞きたくない。
「かわいいです。汐ちゃん。お母さんにそっくりです。」
「やめろ!」
 怒鳴り声が響く。
「きっと。」
 静かに話が続く。
「お母さんががんばったからです。だから汐ちゃんもお母さんのことを少しでも覚えてようって。」
「やめてくれ。」
 風子の肩をつかんでいた。乗り越えたはずのものがふたたび表れる。ちゃんと受け止めたのに。
「岡崎さん。」
 風子がこちらを向く。瞳が交わる。
「今日は風子がお母さんです。」
「え。」
「今日一日は風子が汐ちゃんのお母さんです。・・・だめですか。」
 何を言われているのかが分からなかった。
「汐ちゃんは岡崎さんのことが好きです。でもきっとお母さんにも会いたいはずです。だから今日は風子がお母さんの代わりをします。渚さんの代わりです。だめですか。」
 風子の瞳の色が深くなる。それはいつもの風子とは違って、まるで早苗さんのようだった。
「あ、ああ。いいぞ。」
「よかったです!」
 いつもの風子だった。
「では早速行きましょう。」
 勢いよく立ち上がる。
「どこに?」
「お買い物です。晩御飯は腕によりをかけます。」
「おっ、頼もしいな。何が作れるんだ。」
「・・・。」
 沈黙。
「風子、何も作れませんでした!」
「ぐわっ。」
 こいつアホな子だ。
「というわけで岡崎さんお願いします。」
「まてまて、俺もそんなに作れるわけじゃないぞ。」
「役に立ちませんね。」
「お前の方がそうだろ!」
 風子といるとツッコミが多くて疲れる。
「風子は役に立ちますよ。なんといってもヒトデが彫れます。」
 いらない能力だった。

 結局は親子丼ということで話がついた。

「ほら、どうだ。」
 汐の前に湯気の立った親子丼をおく。ちなみに汐には小さな器が横においてある。
「おいしそう。」
「熱いから気をつけろよ。」
「うん。」
 そうして器に取ろうとしたとき。
「ああ、汐ちゃん。風子がやります。」
 台所から何かが飛び出してきた。というか風子だが。
「熱いから危ないです。熱っ!」
 風子のほうが危なかった。
「ちょっと火傷をしてしまいました。」
「さっさと冷やしてこい。」
「いえ、まだです。汐ちゃん、フーフーしてあげます。」
「大丈夫。」
 汐は自分でスプーンをつかむとすくって食べた。我が子ながら見事だ。ありがとう、早苗さん、おっさん。
「おいしい。」
 口の端をベトベトにしながら汐が微笑む。
「よかったです。作ったかいがありました。」
「おまえじゃないだろ!」
 あきらかに俺だ。
「風子卵割りました!親子丼は卵が無いとできません。だから風子が一番がんばりました。」
 むちゃくちゃだった。
「じゃあ俺は鶏肉切って味付けまでしたぞ。」
「うっ。」
 風子が言葉に詰まる。
「実はそれは風子が岡崎さんを操ってたんです。」
「・・・お前の負けだ。」
「食べないの?」
 それまで黙々と食べていた汐が顔を上げる。
「パパも風子お姉ちゃんも。冷めちゃうよ。」
 もっともだった。
「汐ちゃん。今だけは風子はお姉ちゃんじゃなくてお母さんです。」
 風子は汐が起きてから繰り返しそう言っていた。
「だからお母さんって呼んで甘えていいです。」
「???」
 しかし汐には伝わっていなかった。
「風子お姉ちゃんは風子お姉ちゃん。お母さんはお母さんだよ。」
「そうですけどそうじゃないんです。」
 本日何度目かのやりとり。
「とにかく今日は風子がお母さんです。お母さんって呼んでください。」
「・・・お母さん。」
「はい、なんでしょうか。」
「・・・おしっこ。」
「あわわ、それは大変です。いきましょう。」
 ふたりで連れ立っていった。
 ・・・。
 やっぱり寂しいのかもな。渚。汐はお母さんがいなくて悲しんでるぞ。今日は風子がお前の代わりのお母さんだ。トイレ、一人で行けてたのにな。
 ・・・。
 目の前に光が見えた。それは温かく優しかった。
 ・・・渚・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・わかってる。汐は俺が育てるよ。お前の分も。
 
 ・・・「ふうちゃんを抱きしめてあげてください・・・。」・・・
 ・・・「私の代わりに・・。」・・・

 ・・・・・・。
 ・・・渚・・・。
 ・・・。
「すごいです。」
 風子の声で我にかえる。
「汐ちゃん一人で全部できてます。えらいです。」
「ああ、風子は一人じゃできないからな。」
「それかなり失礼です。岡崎さん最悪です。人間としてだめです。」
(・・・そうかもな・・・。)
「どうしましたか?風子に負けを認めましたか。」
「汐。」
 横に立ったままの汐に声をかける。
「えらいえらい。」
 手を伸ばすとチョコチョコとやってきた。頭をくしゃくしゃとなでてやる。
「えへへ。」
「ああ、ずるいです。風子もやります。」
 食事中なのに行儀が悪かった。

「岡崎さん。」
「なんだ?」
 汐はもうぐっすりと眠っている。布団は風子に貸してやったので壁を背に寝ている。
「寝ずらくないですか。」
「別に。」
「そうですか。」
 あのあと風子は汐と一緒に風呂に入った。そして皆でトランプをした。7並べ。勝ったのは汐だった。
『もう一回です。』
 風子のほうが子供みたいだった。
「岡崎さん。」
「なんだ。」
 同じようなやりとりがこれで5回目だった。
「そっちにいってもいいですか。」
「・・・ああ。」
 布団から抜け出す音がする。そして肩に何かが触れた。
「お疲れ様。」
「え?」
「お母さん。汐のやつすごく喜んでたぞ。」
「そうですか。よかったです。さすが風子です。幸せです。自分で自分を誉めてやりたいです。」
「ああ、そうだな。」
「でも。」
 少しの間。外からは何も聞こえてこない。
「岡崎さんにも誉めてもらえたらもっと幸せかもです。」
 肩にかかる体重が増える。
「・・・ありがとう。風子はすごいよ。」
「はい。」
 沈黙。お互い何も言わない。温もりだけがすぐ側にある。
「・・・岡崎さん。」
「なんだ。」
 6回目のやりとり。
「風子、寝るときは布団の上がいいです。」
 ため息をひとつ。立ち上がった。
「襲っちまうぞ。」
 布団に横たわる。
「そのときは風子も本気を出します。」
 横に風子が寄り添う。
「そしたら岡崎さんなんて一発です。」
「そりゃ恐いな。」
 ははは。小さな笑い声。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
 ・・・・・・・・・。
「・・・・・・。」
 風子はゆっくりと身体を起こし、唇を重ねてきた。
 ・・・・・・・・・。
「岡崎さんも汐ちゃんと同じくらい我慢してます。つらいときはいつでも風子が渚さんの代わりをしてあげます。」
「・・・・・・。」
「だから・・・。おやすみです。」
 ・・・・・・・・。
「・・・おやすみ。」
 瞼を閉じた。