朝がだいぶ寒くなってきた。布団から抜けるのが嫌になってくる。しかしそれは天使には関係ないようで。

「ほら、鉄。さっさと起きて。今日は朝市に行くんでしょ。」

 メリルが鉄の布団を引き剥がしにでる。しかし負けるものかと布団を引き寄せる鉄。

「やっぱりやめましょう。こんな早くから起きられませんよ。」

 決して時計を見たわけではないがまだ朝早いはずだ。

「何言ってんの。もうお日様もだいぶ昇っちゃったわよ。」

「まだ暗いですよ。」

「それは鉄が布団の中にいるからでしょ。さっさと起きる。」

 メリルが力いっぱい引っ張ると、鉄は布団から転がり出てきた。髪の毛がぼさぼさで目がまだ開いていない。

「いたたたた。乱暴ですね。天使がそんなのでいいんですか。」

「天使も何もない。ほら、これ見なさい。」

 メリルは鉄に時計を突きつけてきた。まだ重い瞼をこすって必死に目を開く。・・・十時だった。

「ああ!もうこんな時間。どうしてもっと早く起こしてくれなかったんですか。朝市終わっちゃいますよ。」

「なっ・・・。起こしてたでしょう。あんなに一生懸命。」

「ほら、早くハデルも起こして。」

「あんたねえ。」

「ほら、時間がないですよ。」

「・・・もう、わかったわよ。」

 鉄は飛び起きると洗面台へと向かった。顔を洗って目を覚ます。顔を拭いているとハデルがやってきた。

「おや、おはようございます。」

「・・・おはすみ。」

 どうやらまだ寝ているらしい。

「ほら、さっさと顔洗ってください。すぐに出かけますよ。」

「・・・ごまだんご。」

「・・・早くしてくださいね。」

 鉄の家の近くには毎週朝市を開く場所がある。そこにいくと野菜などがスーパーよりも格安で買える。しか

もたまに掘り出し物まであったりする。この間は西瓜が一玉五十円だった。さらにたまにたまーにはずれも

あったりする。この間は『なあみこきせ』というものを買い、これが見事なはずれだった。どれくらいはずれか

というと自分の一人前の入場者が開店一千人目だったり、懸賞に名前が載っていたのに届かなくて問い合

わせてみたら同じ町に住んでいる同姓同名の人だったというくらいはずれだ。まあとにかく朝市は鉄の強い

味方だった。

「さあ、準備は出来ましたか。」

 着替え終わった鉄が二人を見下ろす。

「うん。完璧。」

「おー。」

 見下ろした先には羽の生えた少女が二人。

「二人ともその格好で行く気ですか。」

「なによ。鉄が買ってくれないからこんな服しかないんじゃない。ねえ。」

「おー。」

 どうやらまったく気づいていないらしい。

「二人とも、羽。」

「えっ?」

 後ろを振り向く、メリル。

「おー。」

 どうやらまだ寝ぼけているらしいハデル。

「あ、あはは。やだやだ忘れてた。ちょっと待ってね。」

 メリルが目を閉じて力を込めるとスーッと羽は見えなくなった。

「ハデルもですよ。」

「おー。」

 声をかけるとハデルも羽を消す。

 この二人、元は強い力を持っていたのだがわけあって今はその力がほとんどなくなっている。その中で残

っている力が人間に化けることである。メデルは輪っかと羽を消しハデルは触角(?)と羽を消す。そうすれ

ばただの子供にしか見えない。

「それじゃあ行きますか。」

「うん。」

「おー。」

 慣れた道を三人で並んで歩く。

「わー、あんなところにお菓子屋さんだ。」

「・・・川に・・・魚。」

 慣れているのは鉄だけのようだ。

「こらこら、あんまりちょろちょろしないで下さい。」

「大丈夫大丈夫。」

「魚。」

 メデルはパタパタと先に駆けていきハデルは立ち止まって川を眺めている。その間で鉄は行ったり来たり

を繰り返していた。

「わーもうほとんどいないよ。」

「ちょっと遅かったかもしれませんね。」

 たどり着いた朝市の会場にはいつものような活気はなかった。閑散とした会場で売り手がまだ何人か走り

回っているだけである。その中でこちらに向かって駆けてくる人影があった。

「おーっす。」

「ああ、おはようございます。」

 いつも鉄が野菜を買っている店の人だった。

「今日はどうしたんだい。遅かったじゃないか。」

「はあ、まあいろいろありまして。」

「鉄がなかなか起きなかったのよ。」

 簡単にばらされた。

「へえー、そうかい。嬢ちゃんは起きてたのかい。」

「もちろんよ。あたりまえでしょ。」

「そうかい。早寝早起きは大切だからな。そっちの嬢ちゃんはまだ眠そうだな。」

「・・・ご飯。」

「そうか腹が減ってるのか。あっと、そうそう。兄ちゃんの分置いといてやったぜ。買ってくだろう。」

「ああはい。ありがとうございます。」

「じゃあ、こっち来な。」

 おじさんについて歩く。

「ほら、これだけで三百円だ。それとこれは嬢ちゃんたちにプレゼント。」

「え、いいんですか。」

「おうよ。持ってきな。そのかわりこれからもよろしく頼むぜ。」

「ありがとうございます。」

「わーい。ありがとう、おっちゃん。」

「・・・食べ物。・・・うれしい。」

 おじさんの差し出した袋の中には数々の果物と野菜が入っていた。そしてメリルとハデルは柘榴を貰って
いる。

「ねえ鉄。これどうやって食べるの。」


「おや、柘榴を知らないのかい。」

「うん。」

 おじさんは驚いた顔でメリルを見つめた。

「へえ、最近の子は柘榴も知らないのか。」

「ねえ、どうやって食べるの。」

 メリルはしきりにおじさんに尋ねる。ハデルはそのまま噛み付いていた。

「おっと嬢ちゃん。違う違う。」

 ハデルから柘榴を取り上げる。

「これはな、まず皮をむいて、よっ、ほら中身がいっぱい出てきただろう。この一粒一粒を食べるんだよ。」

「うん、わかった。」

 メリルはおじさんに言われたとおりにする。

「よいしょ。うん。甘い。」

「種は全部出すんだぞ。」

 おじさんから返してもらった柘榴をハデルも食べる。

「・・・おいしい。」

「そうかい。それはよかった。」

 天使と悪魔に浮かぶ幸せそうな笑み。それはこの二人が人間ではないということを忘れさせてしまうよう

な笑み。今見えている羽がなかったらきっと二人ともただの子供にしか見えないだろう。・・・羽?

「・・・ちょっと二人とも、いいですか。」

「なあに。」

「ふぁあひ。」

 やはり何も気づいていないらしい。

「どうしたんだい、兄ちゃん。」

 ついでにおじさんも気づいてないらしい。

「僕にも柘榴くれませんか。」

 しゃがみこんでメリルと目線を合わせる。そして目で訴える。

「いいわよ。しょうがないわね。」

 メリルは柘榴を一粒もぎ取ると鉄に差し出した。

「はい。」

「ありがとう、メリル、羽。」

 どさくさに紛れていってみる。

「メリルはねってそんな言い方しなくてもいいだろ兄ちゃん。そっちの子もくれるよな。」

 おじさんはナイスなボケで聞き流してくれた。

「まあ、私があげるのは当然だから。あんなヤツと違って。」

 メリルまで同じボケで聞き流してくれる。

「・・・いる?」

 それまで話しに入っていなかったハデルが話題に入ってきた。

「はい。ハデルもくれますか、羽!」

 今度は少し強く言ってみる。

「兄ちゃん、どこの方言だい『くれますかあね』っていうのは。」

 おじさんはおいしすぎる位置をキープしている。

「鉄、そんなに柘榴が美味しかったの?」

 メリルには狙っているのかとつっこんでやりたい。

「・・・あ。」

 ハデルの声につられて振り向くとハデルの背中からは羽が消えていた。そして何事もないように柘榴をも

ぎ取る。

「はい。」

「ありがとう、ハデル。ハデルはすごいですね。」

 ハデルから柘榴を二粒受け取る。それを口にほおりこむと思わず種まで飲んでしまった。

「ちょっと鉄。何で私にはありがとうしか言わなかったのにそいつにはすごいとかって言うの。一粒だったの

が不満だったの。」

「そうだよ兄ちゃん。二人ともくれたんだから平等にしないと。」

 もうこの二人はいいコンビかもしれないとさえ思う。

「ふん。いいわよ。ベーっだ。」

 ハデルは柘榴を抱え羽を生やしたまま家の方向に向かって走っていった。そして曲がり角でおもいっきり

こける。手に持った柘榴が宙に浮かぶ。そして、返らぬヒトとなった。

「はあ、それじゃあありがとうございました。」

「あ、ああ。大丈夫かいあの子。」

「ええたぶん。それじゃあ。行きますよ、ハデル。」

 鉄はハデルの手をとるとメリルに向かって歩き始めた。メリルは地面に座ったまま柘榴を見つめている。

「メリル。」

 鉄の声に振り向いたその顔は涙で濡れていた。

「柘榴。落としちゃった。」

 どうやら怪我をしたわけではないらしい。濡れた瞳は柘榴のせいのようだ。

「うう。まだ大体五八六粒ぐらい残ってたのに。」

「メリル。」

 出来るだけ優しい声で話しかける。

「鉄・・・。」

 涙に濡れた瞳を向けるメリル。ひざからは血がにじんでおりやはり怪我はしていたようである。鉄の視線

に気づいたのかメリルも自分のひざに視線を投げる。そして瞳を大きくさせた。

「血、でてる。」

 気付いていなかったことに気付き知らなかった痛みが突然やってくることもある。

「痛いよ。」

 今のメリルがまさにそれだった。

「メリル。」

「鉄。」

 弱った獣のような瞳で見つめ返してくる。

「さあ早く・・・羽をしまいなさい。」

「へ?」

 優しい言葉をかけられると思っていたにあたりメリルの思考回路が少し止まる。

「さっきから言ってるのにぜんぜん気付かないんですから。ハデルはすぐに気付きましたよ。さあ、早く羽を

しまってください。こんなの人に見られたら大変ですからね。」

「・・・・・・・か・・・。」

「え?」

「鉄のばかぁぁぁ!!!」

 大声で叫ぶとメリルは立ち上がって羽だけ消して走り去っていった。

「・・・やっぱりたいした怪我じゃありませんでしたね。」

 隣ではハデルが最後の一粒をほおばっていた。



「ご飯ですよ。」

 メリルは家に帰ってからというもの一言も口を開こうとはしなかった。どうやら本当に怒ってしまったらし

い。

部屋の隅で体育座りをして小さくなっている。

「メリル、今日はメリルの好きなチャーハンですよ。」

「・・・。」

 肩の辺りが少し浮いたような気もしたがメリルは一向に動こうとしない。

 天使も悪魔も物を食べる必要はない。ところがこの二人は力を失った際に力の源もうまく働かなくなってし

まった。だから食べ物から力を摂取する・・・らしい。こっちとしては出費が増えて大変なのだが。

「・・・ご飯。」

 ハデルはおなかがすいたのかしっかりと自分の席の前に座っていた。

「メリル、いいんですか。・・・。しかたないですね。ハデル、先に食べちゃいましょう。」

「いただきます。」

「どうですか。今日のは。」

「・・・おいふぃい。」

「それはよかった。メリルは食べないなんてもったいないですね。」

「・・・食べてあげる。」

「そうですか、あまってもダメですし。じゃあハデルに食べてもらいましょうか。」

 鉄はメリルの分の皿を持ち上げた。そこにメリルがすごい速さでやってくる。

「あれ、どうしたんですか。」

 メリルはハデルのほうを向くときっと睨みつけた。

「ちょっと、これは私のなんだからね。」

「・・・いらなくないの。」

「いるわよ!食べるに決まってるじゃない。あんたなんかにあげないわよ。」

「・・・ならいい。」

 ハデルは自分の分の残りを食べ始めた。メリルはそんなハデルを睨みつけている。しかしやがてあきらめ

るとスプーンを手に取りまた部屋の隅へ戻っていった。あくまでもまだ鉄を許したわけではないようだ。

「はあ。」

 鉄はため息をつくと、自分の分のチャーハンを食べ始めた。